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スポーツドクターコラム
第二期 VOL.12「本格派投手に起こりうる大胸筋断裂」
2012/12/25
大胸筋断裂
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大胸筋は大きく分けて鎖骨部、胸肋部、腹部の3つに分かれています。広域に広がった筋肉は、それぞれが上腕方向に向かっています。大きな役割としては、上腕の内旋、内転、屈曲に加え、呼気を助けることが挙げられます。
大胸筋断裂はプレー中にももちろん見られる疾患ですが、意外なことに最も多い発生原因はベンチプレスです。そもそも筋肉というのは、持っている力と実際に出せる力がイコールではありません。筋肉そのものが持っている力を生理的限界と言いますが、実際に私たちが使っているのはその70%から80%です。もし100%筋力を使える状態にあれば、筋肉や関節を痛める危険性が高いため、脳の運動中枢が筋力の発揮を抑制しているのです。これを心理的限界と言います。ベンチプレスの例で言えば、通常100キロの重さを持ち上げられる人が120キロを上げようとしたときに、その人が持っている予備能力を越えてしまうと筋肉を痛めることに繋がるのです。
スポーツ時の大胸筋断裂については、一般的に2つの原因を挙げることができます。1つめは体のバランスによるものです。これは主に野球の本格派の投手や投てきの選手に見られますが、物を投げるときには先程指摘した大胸筋の役割のうち内旋、内転、上腕の屈折という動作を用います。しかし、全身で物を投げるときに体幹のバランスが悪いと体の軸がぶれ、いわゆる“体が開いた状態”で投げることになります。ですから大胸筋そのものに問題があるわけではなく、体の開きが早いために心理的限界を超えて大胸筋の力で腕を振るため筋肉を痛めるのです。先程本格派の投手と書きましたが、これはある程度筋力がなければ先にひじや肩を痛める可能性が高く、それを持ちうるのが本格派の投手ということになります。
もう1つのケースとして筋肉の収縮時に過度の負荷が逆方向に掛かった際に負傷することが挙げられます。症状としてはこちらのほうが、大ケガに繋がることが多いです。筋肉が収縮するとは力が入っている状態を指し、そのときに筋肉の長さが縮む(求心性収縮)、筋肉は収縮しているが長さに変化がない状態(等尺性収縮)、筋肉が伸びている(遠心性収縮)などが挙げられます。鉄アレイを持ち上げることを想像してみてください。持ち上げるときの上腕二頭筋の収縮を求心性収縮と言い、もとの状態に戻すときの収縮は遠心性収縮となります。曲げ伸ばしの最中に動きを止めた状態を等尺性収縮と言うのです。遠心性収縮時に内旋しようとした上腕を外旋させられるなど、逆方向に強い力が加わると、筋肉に大きなダメージを与えるのです。例としては柔道の投げ技を返されたときや、サッカーのキック時の軸足などが挙げられます。
発生部位としては筋肉が集まる上腕側がほとんどを占めます。完全断裂の場合は腕に近いところへ筋肉を寄せ、縫い合わせる手術を行います。この場合は完治まで3ヵ月程度が見込まれます。柔道の井上康生のように大胸筋断裂は選手生命を脅かすケガに繋がる可能性があるので、確実な治療と体全体をバランスよく鍛えておくことが必要なのです。
スポーツドクターコラムは整形外科医師 寛田クリニック院長 寛田 司がスポーツ医療、スポーツ障害の症状、治療について分りやすく解説します。