お知らせ
ひろスポ版【第4回】~夏場に多い首の障害、プールに通う小学生も要注意~
スポーツドクターコラム2014/09/02
脊髄損傷
脱臼骨折
夏休みなど、普段と異なる環境下で起こりやすい首の障害
8月は少年スポーツの大きな大会や、高校・大学スポーツの全国大会、あるいは普段とは違った環境下での強化合宿などが行われる時期でもあります。そこで今回は、そうした中で発症する可能性のある「首の傷害」についてお話したいと思います。
これまでと同様、いくつかの語句には「 」をつけました。
さて、夏と言えばプール…。しかしそこで思わぬケガをすることがあります。小学校にある水深の浅いプールでは、頭から飛び込んだ際に直接プールの底に顔をぶつけてしまうことがあります。また、水の中にもぐっていた別の子に頭をぶつけたというケースも聞いています。海で岩場から飛び込んだ時にも同じような事故に遭うことがあります。
頭や顔がプールの底などにぶつかった場合は、頸椎(けいつい)が後方に「過伸展」(かしんてん)します。そうすると脊髄(せきずい)が挟み込まれ「脊髄損傷」が起きてしまいます。今でこそ小学校のプールでの飛び込みは禁止になっていますが、かつてはこうした事例が報告されていました。
ラグビー、アメフトのほか、格技や鉄棒、段違い平行棒など体操競技、あるいはスキーなどでも発症します。例えばラグビーのスクラムでは、プールの時とは逆に頸椎が過屈曲(かくっきょく)する場合があります。あごが下を向くような状況です。こうなると、やはり「脊髄損傷」や「脱臼骨折」が起きてしまうのです。
深刻な事態を引き起こす頸髄損傷、まずは理解を深めその対処法にも最大限の配慮を
かつて関西学院大学で活躍した名クォーターバックが、リーグ戦で相手に前後から挟まれるようにタックルされ、車いす生活になった例もあります。テレビドラマにもなっていました。投げた後に挟まれるプレーで完全なファウルだったのですが…。余談ですが私もアメフト経験者です。入部したてのころは、ひたすら頸部を鍛える基本練習を繰り返した覚えがあります。
こうした「頸髄損傷」(けいずいそんしょう)の場合には、非常に強い頸部の痛みが伴うほか、頸椎の運動制限も出ます。重症の場合、受傷後、「上下肢に麻痺」が生じ「横隔膜が麻痺」することで呼吸障害も発生します。死に至る場合もあります。先のプールの例では、ぶつかった子がそのまま麻痺を起して、回りが気づくまで水中に沈んだままになっていた、という非常に危険な話もあります。
「頸髄損傷」の麻痺には、「完全麻痺」と「不全麻痺」があります。「不全麻痺」は脊髄機能が一部残っています。そのため「残存機能」のリハビリによって症状が改善する可能性があります。一方、「完全麻痺」の場合は現在の医療では治療法がありません。また、「頸髄損傷」では「交感神経」も同時に損傷するので、損傷直後から体を維持するための心臓、呼吸機能の低下に対する救急処置も必要になり、事態は非常に切迫してきます。
そのため練習中、競技中の外傷で「頸髄損傷」が疑われる時は、頸椎を動かさないようにしながらすぐに救急車を呼び、場合によっては人工呼吸などの救命処置も行います。そして治療のためには、高度救急救命処置のできる高度医療施設が必要です。仮に脱臼骨折があった場合は、脊髄に浮腫が見られる前に素早く対処する必要があります。頭部を機械的に固定して引っ張り、脱臼している部分をもとの状態に「はめこむ」ことになります。
サンフレッチェ広島GK増田選手の接触プレーの際も、細心の注意が払われた
みなさんもおそらくご記憶にあると思いますが、昨年5月、アウェーの大宮戦でサンフレッチェ広島のGK増田選手が相手との接触プレーで倒れ込み、そのまま動けなくなりました。ドクターが診断した際には、まったく手も足も動いていませんでした。それで「脳の損傷」もしくは「頸髄損傷」が懸念された訳ですが、やがて意識が戻り「脳ではない」ということになりました。その後、「手、足を動かしてみて」という呼びかけに対して手も足も動いたので、「頸髄損傷ではなくて本当に良かった」ということになりました。でもまだ「不全麻痺」の可能性もあるので、対処には細心の注意が払われました。
あとになって、「担架で早めに選手を移動させた方が良かったのでは?」という声がJリーグ関係者から上がっていましたが、これは完全な間違いです。最悪のことも考えた場合には、むやみに移動させることなど絶対にやってはいけません。サンフレッチェ広島は、マツダ時代から救急車にも載せてある「スクープストレッチャー」という頭も完全固定できる器材を常備しています。こうした準備をJリーグ全体でも進めている最中です。
なお、頸髄損傷はリハビリテーションによって若干の改善は見込めますが、麻痺は残念ながら永続的なものになります。そのため、頸髄損傷の恐ろしさをみなさんがよく理解して、予防法、対処法を知っておくことが、頸髄損傷を防ぐ唯一の方法になります。
頸椎捻挫とバーナー症候群
頸髄損傷よりは軽度の2つの傷害についても触れておきましょう。
「頸椎捻挫」(けいついねんざ)はラグビー、アメフト、格技などのコンタクトスポーツで比較的頻繁に起こるスポーツ傷害です。頸部をひねるような衝撃を受けて、頸部から頭部、両肩にかけて強い痛みが出たり、頸椎の運動制限が生じたりします。スポーツによる頸椎の外傷といえば頸椎捻挫が最も一般的です。
頸椎捻挫の代表的な損傷形態は、頸椎の過伸展によるもので、交通事故で後方から追突された際に起こる「むちうち損傷」と同様の形態となります。頸椎捻挫の場合は、ほかに両肩甲骨に痛みが放散(ほうさん)することがあります。しかし、手や腕に痛みがくることはありません。頸椎捻挫は神経ではなく筋肉や靱帯など軟部組織の損傷によるものですから、その影響は他の部位には広がりません。
治療は運動量を減らす、安静に努めるなどで、通常数日から数週間で治ることが多い傷害です。ただ、個人差もあるため注意が必要です。もともと頸椎に何らかの症状を抱えている場合などは長期化するケースが出てきます。
また、別の傷害による痛みを頸椎捻挫と勘違いする例もあります。高校野球のピッチャーが連日、投げ込みをして「首や肩が痛い」と受診に来ました。そこで「首を左右に動かしてみて」とやってもらうと、左右で可動範囲がまったく違っていました。そこで右の鎖骨の近くを手で押してみると「痛い」という答えが返ってきました。この高校生の場合は、第一肋骨を疲労骨折したままピッチング練習を続けていたことになります。体の後ろに痛みがあると、逆に前側に何らかの傷害が発生している場合もありますので注意が必要です。
最後に紹介するのは、夏場のハードな練習の中で見過ごされがちな「バーナー症候群」です。やはりコンタクトスポーツ競技や練習の中でよく起こる首の傷害です。
個人差もあるバーナー症候群は、早期治療を怠るべからず
ラグビー選手がよく「電気が走った」と表現するもので、症状としては頸椎から上肢にかけて放散痛(ほうさんつう)や痺れ、あるいは灼熱感(しゃくねつかん)を訴えるようになります。バーナーで焼き付けられたような灼熱感からこういう呼び名がつきました。やはりタックルなどで頸椎が通常の可動域以上に曲がることにより起こります。
頸椎から出て肩や腕に伸びている上肢を支配する神経が挟まれたり引っ張られたりするために、こうした症状が現れます。ただ個人差もあります。後縦靱帯骨化症、黄色靱帯骨化症、あるいはヘルニアを持っている場合などはバーナー症候群にかかりやすいと言えるでしょう。
バーナー症候群で気をつけたいのは、自覚症状があった場合は少しでも早く治療を始めるということです。最初は「おやっ?」と思っても何度も経験しているうちに「たいしたことないから続けちゃえ」となりがちなのですが、そのままにしておくと「頸髄損傷」に繋がる恐れもありますから注意が必要です。
治療は、初期症状の場合は数日から2週間程度で改善することになります。しかし、握力も急激に衰え、MRI検査で脊髄と脊髄から出ている神経群の腫れなどが見つかった場合は、ステロイドの点滴を施し急激に炎症を抑えにかかります。あとは投薬、リハビリです。
さて、今回は首の傷害について詳しく説明してきました。繰り返しになりますが、この時期のスポーツ競技では、疲労や運動過多により思わぬ重大事故が発生する可能性があります。前回お話した熱中症対策と合わせて、首の傷害にも留意していただきながら有意義なスポーツ活動を続けていただければ何よりです。
それではまた次回、元気にお会いしましょう!
スポーツドクターコラムは整形外科医師 寛田クリニック院長 寛田 司がスポーツ医療、スポーツ障害の症状、治療について分りやすく解説します。