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【蔵本達也のドイツ社会人留学リポート】Vol.8 ドイツで挑戦する鍼灸師
スタッフブログ2023/05/27
皆さん、こんにちは。
ドイツも少しずつ暖かい日が戻ってきました。冬のドイツは晴れ間が少なく、天気はどんよりしていて、暗い時間帯が長いのが特徴的です。
しかし、夏の時期は、天気も良く、夜の23時まで明るい時間が続くのが特徴的です。日本みたいな猛暑はなく、湿度も高くないので夏場は特に過ごしやすいです。また、ドイツと日本の時差は基本的に8時間ですが、ヨーロッパには毎年3月の最終日曜日から10月の最終日曜日までの7か月間サマータイムを導入しており、サマータイム開始日の午前2時に時計の針を1時間早めます。 そのタイミングから、日本との時差が7時間になります。 一方で、サマータイム終了日は午前3時に時計の針を1 時間戻し、日本との時差も8時間に戻ります。なぜそのような体制をとっているのかは分かりませんが、日本にはないことなので、最初は戸惑いました。
まずは私のパーソナルジムに関して少しお話ししたいと思います。4月1日から実質正規雇用で 働く予定でしたが、ビザ関係のトラブルにより、正規雇用ではまだ働けておりません。海外では 予期せぬトラブルが本当に多く起こるので、あらゆることに対応できるようにすることが大切です。特に海外の市役所や外国人局は、日本みたいに対応が良くないので、強気で自分の意見を話さないと何もできず、丸め込まれて帰されてしまいます。私も何度も経験しましたし、そのようなことはよく聞きますので、ドイツに来て頑張ろうと思っている人は諦めずに自分の意見が主張できるようにしましょう。とはいうものの、現在はビザを待ちながらギリギリの生活をしている状態です。一刻も早くビザの申請が通る事を願っています。(泣)
そこで、今回はドイツで挑戦している治療家の先輩、鍼灸師の窪川翔太さん(以下:翔太さ ん)にインタビューをしましたので、このブログに書きたいと思います。テーマはドイツでの活動に関して、具体的に話していこうと思います。 私がドイツに行くと決まった時に知人に紹介してもらい、ドイツ在住の日本人と初めて連絡を取って、色々とアドバイスをもらったのが翔太さんでした。元々サッカーをしており、そこから怪我に悩まされ鍼灸師になり、ドイツでブンデスリーガのフィジオになる事が目標ということで、私と背景が似ていることや、ドイツに来た目的が同じでした。 私同様翔太さんも、海外で挑戦せず、「行ってみたかったな」で終わる人生は嫌だったそうで、7 年間日本で働き、海外挑戦を決断したそうです。やはり行動することが一番重要だと思いました。
翔太さんのことを簡単に紹介させてもらいます。4歳からサッカーを始め、高校サッカーの名門、前橋育英 のサッカー部に入部するも、主力メンバーとして試合に出る機会は少なかったそうです。しかし3年生の時に、全国高校総体で出場のチャンスを得て、試合に臨むも、足首の靭帯断裂と剥離骨折 の大怪我を負い、戦線離脱を余儀なくされました。そこで、3か月以上のリハビリ生活が続き、その時にトレーナーという仕事を知り、自分も選手をケアする仕事をしたいと思うようになり、鍼灸師の資格を取りました。その後トレーナーの経験を積むために、Jリーグの元チームドクターが経営する開業病院で7年間働き、ドイツへ渡独しました。今現在ドイツでの活動は4年目で、サッカーのブンデスリーガに所属する各国代表選手のほか、ドイツ、オランダ、 ベルギーでプレーする日本代表選手なども施術をしたりしています。
ドイツ渡独後は、ドイツ語も英語も話せなかったこともあり、生活する基盤は何も持ち合わせていなかったそうです。その後、色々な人の協力があり、住む場所をなんとか決め、語学学校に6か月間通ったそうです。語学学校に通い始めて数か月が経った頃、ドイツ5部リーグのチームでトレーナーの募集要項を見つけ、そのチームにちょうど日本人選手がいたこともあり、まだ言葉の不安はあるもののチャンスだなと思い連絡。その後、チームの監督を施術するテストに合格し、チームトレーナーとして活動することになったそうです。人生何があるかわかりませんね。学校とサッカーとの両立の生活は、朝8時から12時まで語学学校に通っていたそうですが、ドイツ語どころか英語も分からなかった翔太さんは、電子辞書と睨めっこしながら必死についていったそうです。私もでしたが、授業はかなり集中していないとついていけないので、本当に大変でした。今もドイツ語での会話の際は集中していないと全くわからなくなってしまうので、とても疲れます。午後は授業で習ったことをもう一度振り返り、夕方から夜はトレーナーとしての活動をし、 再び勉強の毎日を過ごしたそうです。 私のブログでも紹介しましたが、ドイツは電車の遅延が多く、ストライキでの運休も少なくありません。翔太さんは、トレーナー活動をした後の帰りの電車がなくなり、教科書を見ながら夜道を歩いて帰宅することもあったそうです。貯金を切り崩しながらの生活だったが、別のバイトをしたらなんのためにドイツに来たのか分からなくなりそうだったと言っていましたが、その意見は私も同感でした。日本には結果も出していないから、簡単に帰国できないが、逃げ場もない。将来が不安になることも多くあったそうです。この気持ちは私もすごく共感できます。 翔太さんが初めて海外の選手を施術した時の話を聞きました。たまたまジャージを着て歩いていたら、ドイツ人から「日本のサッカー選手か?」と尋ねられたそうです。翔太さんは、地元クラブでトレーナーとして活動していると答えると、ある選手を施術してくれないかと言われたそうです。
話しかけてきたドイツ人は選手の代理人の仕事をする傍ら、トレーナーを探していて、紹介された選手が、現ナイジェリア代表で当時フォルトゥナ・デュッセルドルフに所属していたGKマ ドゥカ・オコイェ選手。この出会いをきっかけに、翔太さんはフォルトゥナ・デュッセルドルフの数選手を診るようになったと言っていました。日本人ならではの、きめ細やかなアプローチは海外でも評判がいいと言います。そして昨シーズン、「自分のケアをしてもらえないか」とやって来たのは、現フォルトゥナ・デュッセルドルフに所属しているアペルカンプ真大選手だったそうです。翔太さんは今シーズンから、アペルカンプ真大選手と専属トレーナーの契約を交わしています。翔太さんのドイツ生活は、本当に運にも恵まれ、またその少ないチャンスにしっかりと結果で示しています。そこが何より素晴らしいことだと感じました。ドイツに挑戦して、チャンスすら掴めず、結果が出なくて帰国している人もたくさんいるそうです。本当に一握りの人しか成功していないのが現実です。厳しい世界です。しかし、挑戦なき者には成功もありません。そんな中で、厳しい人生を選ぶことができますか?私は海外に来てから、実際に日本と違う文化や生活に何度も 挫けそうになりました。海外で普通にドイツ語でコミュニケーションをとっている日本人や、色んなことに挑戦している人を見ていると、リスペクトがとまりません。自分自身で体感することでわかることは本当に多いと思います。翔太さんと話をしていると、私も負けずに頑張ろうと いうプラスの気持ちにいつもなります。治療家というライバルの立場ではありますが、お互いに切磋琢磨して上を目指していきたいと思います。
次回は翔太さんの話の続き(ドイツのビザと翔太さんの取得中のフリーランスビザ)について詳しく話していきたいと思います。今後ドイツで挑戦したい人は、必ずビザ問題に遭遇します。このブログを読んで、少しでも参考にしていただけると、 私も嬉しいです。
それではまた来月! Tschüs! Bis nächsten Monat!
デュッセルドルフ中央駅 zoo park
ドイツも少しずつ暖かい日が戻ってきました。冬のドイツは晴れ間が少なく、天気はどんよりしていて、暗い時間帯が長いのが特徴的です。
しかし、夏の時期は、天気も良く、夜の23時まで明るい時間が続くのが特徴的です。日本みたいな猛暑はなく、湿度も高くないので夏場は特に過ごしやすいです。また、ドイツと日本の時差は基本的に8時間ですが、ヨーロッパには毎年3月の最終日曜日から10月の最終日曜日までの7か月間サマータイムを導入しており、サマータイム開始日の午前2時に時計の針を1時間早めます。 そのタイミングから、日本との時差が7時間になります。 一方で、サマータイム終了日は午前3時に時計の針を1 時間戻し、日本との時差も8時間に戻ります。なぜそのような体制をとっているのかは分かりませんが、日本にはないことなので、最初は戸惑いました。
まずは私のパーソナルジムに関して少しお話ししたいと思います。4月1日から実質正規雇用で 働く予定でしたが、ビザ関係のトラブルにより、正規雇用ではまだ働けておりません。海外では 予期せぬトラブルが本当に多く起こるので、あらゆることに対応できるようにすることが大切です。特に海外の市役所や外国人局は、日本みたいに対応が良くないので、強気で自分の意見を話さないと何もできず、丸め込まれて帰されてしまいます。私も何度も経験しましたし、そのようなことはよく聞きますので、ドイツに来て頑張ろうと思っている人は諦めずに自分の意見が主張できるようにしましょう。とはいうものの、現在はビザを待ちながらギリギリの生活をしている状態です。一刻も早くビザの申請が通る事を願っています。(泣)
そこで、今回はドイツで挑戦している治療家の先輩、鍼灸師の窪川翔太さん(以下:翔太さ ん)にインタビューをしましたので、このブログに書きたいと思います。テーマはドイツでの活動に関して、具体的に話していこうと思います。 私がドイツに行くと決まった時に知人に紹介してもらい、ドイツ在住の日本人と初めて連絡を取って、色々とアドバイスをもらったのが翔太さんでした。元々サッカーをしており、そこから怪我に悩まされ鍼灸師になり、ドイツでブンデスリーガのフィジオになる事が目標ということで、私と背景が似ていることや、ドイツに来た目的が同じでした。 私同様翔太さんも、海外で挑戦せず、「行ってみたかったな」で終わる人生は嫌だったそうで、7 年間日本で働き、海外挑戦を決断したそうです。やはり行動することが一番重要だと思いました。
翔太さんのことを簡単に紹介させてもらいます。4歳からサッカーを始め、高校サッカーの名門、前橋育英 のサッカー部に入部するも、主力メンバーとして試合に出る機会は少なかったそうです。しかし3年生の時に、全国高校総体で出場のチャンスを得て、試合に臨むも、足首の靭帯断裂と剥離骨折 の大怪我を負い、戦線離脱を余儀なくされました。そこで、3か月以上のリハビリ生活が続き、その時にトレーナーという仕事を知り、自分も選手をケアする仕事をしたいと思うようになり、鍼灸師の資格を取りました。その後トレーナーの経験を積むために、Jリーグの元チームドクターが経営する開業病院で7年間働き、ドイツへ渡独しました。今現在ドイツでの活動は4年目で、サッカーのブンデスリーガに所属する各国代表選手のほか、ドイツ、オランダ、 ベルギーでプレーする日本代表選手なども施術をしたりしています。
ドイツ渡独後は、ドイツ語も英語も話せなかったこともあり、生活する基盤は何も持ち合わせていなかったそうです。その後、色々な人の協力があり、住む場所をなんとか決め、語学学校に6か月間通ったそうです。語学学校に通い始めて数か月が経った頃、ドイツ5部リーグのチームでトレーナーの募集要項を見つけ、そのチームにちょうど日本人選手がいたこともあり、まだ言葉の不安はあるもののチャンスだなと思い連絡。その後、チームの監督を施術するテストに合格し、チームトレーナーとして活動することになったそうです。人生何があるかわかりませんね。学校とサッカーとの両立の生活は、朝8時から12時まで語学学校に通っていたそうですが、ドイツ語どころか英語も分からなかった翔太さんは、電子辞書と睨めっこしながら必死についていったそうです。私もでしたが、授業はかなり集中していないとついていけないので、本当に大変でした。今もドイツ語での会話の際は集中していないと全くわからなくなってしまうので、とても疲れます。午後は授業で習ったことをもう一度振り返り、夕方から夜はトレーナーとしての活動をし、 再び勉強の毎日を過ごしたそうです。 私のブログでも紹介しましたが、ドイツは電車の遅延が多く、ストライキでの運休も少なくありません。翔太さんは、トレーナー活動をした後の帰りの電車がなくなり、教科書を見ながら夜道を歩いて帰宅することもあったそうです。貯金を切り崩しながらの生活だったが、別のバイトをしたらなんのためにドイツに来たのか分からなくなりそうだったと言っていましたが、その意見は私も同感でした。日本には結果も出していないから、簡単に帰国できないが、逃げ場もない。将来が不安になることも多くあったそうです。この気持ちは私もすごく共感できます。 翔太さんが初めて海外の選手を施術した時の話を聞きました。たまたまジャージを着て歩いていたら、ドイツ人から「日本のサッカー選手か?」と尋ねられたそうです。翔太さんは、地元クラブでトレーナーとして活動していると答えると、ある選手を施術してくれないかと言われたそうです。
話しかけてきたドイツ人は選手の代理人の仕事をする傍ら、トレーナーを探していて、紹介された選手が、現ナイジェリア代表で当時フォルトゥナ・デュッセルドルフに所属していたGKマ ドゥカ・オコイェ選手。この出会いをきっかけに、翔太さんはフォルトゥナ・デュッセルドルフの数選手を診るようになったと言っていました。日本人ならではの、きめ細やかなアプローチは海外でも評判がいいと言います。そして昨シーズン、「自分のケアをしてもらえないか」とやって来たのは、現フォルトゥナ・デュッセルドルフに所属しているアペルカンプ真大選手だったそうです。翔太さんは今シーズンから、アペルカンプ真大選手と専属トレーナーの契約を交わしています。翔太さんのドイツ生活は、本当に運にも恵まれ、またその少ないチャンスにしっかりと結果で示しています。そこが何より素晴らしいことだと感じました。ドイツに挑戦して、チャンスすら掴めず、結果が出なくて帰国している人もたくさんいるそうです。本当に一握りの人しか成功していないのが現実です。厳しい世界です。しかし、挑戦なき者には成功もありません。そんな中で、厳しい人生を選ぶことができますか?私は海外に来てから、実際に日本と違う文化や生活に何度も 挫けそうになりました。海外で普通にドイツ語でコミュニケーションをとっている日本人や、色んなことに挑戦している人を見ていると、リスペクトがとまりません。自分自身で体感することでわかることは本当に多いと思います。翔太さんと話をしていると、私も負けずに頑張ろうと いうプラスの気持ちにいつもなります。治療家というライバルの立場ではありますが、お互いに切磋琢磨して上を目指していきたいと思います。
次回は翔太さんの話の続き(ドイツのビザと翔太さんの取得中のフリーランスビザ)について詳しく話していきたいと思います。今後ドイツで挑戦したい人は、必ずビザ問題に遭遇します。このブログを読んで、少しでも参考にしていただけると、 私も嬉しいです。
それではまた来月! Tschüs! Bis nächsten Monat!
デュッセルドルフ中央駅 zoo park